公認会計士試験合格までの道のり(その3)

3回目の受験は自分の中では勝負の年と思っていました。

2回目の受験までで基本的な部分を固めたので、3回目は応用的な部分を積み上げれば、合格に届くと思っていました。

3回目の受験への布石として、やはり牛乳配達を続けながらの受験は無理と思い、2回目の受験の4月くらいからアルバイト先を変えました。

眠気と戦いながらの勉強では学習効果が高まらず、体力的にも精神的にも苦しい状況でしたので、環境を変える必要があったからです。

金曜と土曜に夜勤ができるカプセルホテルの受付のアルバイトを始めました。

また、住居は、牛乳販売店が借りてくれていたアパートの部屋の隣室が空いていたので、その部屋を借りました。

トイレ共同・風呂なしで家賃2万5千円/月でした。隣の月極駐車場が当時3万円/月でしたので、建物の状況がどうだったかは察してください。

これ以降は、勉強に集中する平日とアルバイトする週末に、明確に分けることができ、日々の集中力が高まるようになりました。

平日は9時までには専門学校(TAC)に行くようにし、閉館する22時まで頑張りました。10~11時間くらいは勉強時間が確保できたと思います。

2回目の受験後半から3回目の受験にかけて、このペースを守り、3回目の受験の頃は1科目を除き、答練で平均点前後の点数はコンスタントに取れるようになりました。

しかし、1科目=原価計算だけはどうしても苦手でした。

平均点を大きく下回る時もあり、足を引っ張っていました。

公認会計士二次試験は、計算科目を制する者が受験を制する傾向にあるため、計算科目である原価計算が苦手であることは致命的でした。

3回目の受験の頃には、原価計算以外は人並みの成績をとれているので、合格できるのではないか、と脳天気に考えていました。

いよいよ3回目の受験ですが、短答式は合格していました。ですが、論文式はやはり原価計算が大ブレーキとなり、不合格でした。

論文式試験の合格発表日、不合格の結果を目にした時、情けない気持ちとともに、自分の脳天気さに恥ずかしい気持ちで一杯になりました。

あと1年だけ頑張ろう、そう決心して、4回目の受験に突入しました。